Zero-Alpha/永澤 護のブログ

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三宅島E



2.基礎的試論:規則と経験を巡って
『私が実際に……を経験していること』、このことについて一体何が語れるのだろうか? 
むろん、〈我々〉はすでにさまざまな経験について語り合っている。だが、この問いを軸に
して『純粋理性批判』が描くであろう布置を浮き彫りにするとき、そこに一つの迷宮が描
かれる。この迷宮は、《まさにこの私の経験》というカンヴァスを、一体どのように描き出
すのか? 
そこでまず、デッサンを構成する〈線〉が探求の対象となる。このカンヴァスの上にち
りばめられる多様なものの戯れが〈線〉とともに織り成す布置を追わなければならない。
もし私が独自な技法を模索する画家であるならば、描くことにおける思考の運動へと向け
て、恐らく次のような問いを投げかけるだろう。
『この夏の日差しの眩しさと暑さ、そしてその強烈な光がもたらす肌を刺す痛み……絶
えず繰り返される激しい海鳴りの音……私が今カンヴァスの上に引くこの線は、これらす
べてとともにどのようにして《一つの経験》を織り成すのか?』
以後の探求の標的は、〈線〉と《内包量》とを結びつける絆である。 
            【迷宮の提示】
カントによれば、《内包量》とは「ただ一つのものとしてのみ把握され、その否定=ゼロ
へと次第に近づいていくプロセスにおいてのみ、そのさまざまな大きさが思い描けるよう
な量」(A168/B210)である。(『純粋理性批判』からの引用・参照頁数は、1781年の初版
=A版の頁数と1787年の第二版=B版の頁数を、A…/B…の形で表記する。) さて、《瞬
間における触発》とともに、〈感覚〉と呼ばれるものが与えられる。つまり、「ただ感覚だ
けを把握することは、ただ一瞬間だけを占める」(A167/B209) のだ。内包量として認識さ
れるのは、この触発の〈強さ〉である。《まさにこの私の経験》は、この内包量の認識を含
んでいるはずだ。とはいえ、この〈強さ〉――例えば〈痛みの強さ〉――は、一体どのよ
うにして認識されるのか? 
ところで、カントによれば、全ての量は《連続量》である。つまり、連続性という性質
を持つ。「量の連続性とは、そのどんな部分も最小ではあり得ないという性質のことであ
る」(A169/B211)。よって、たとえどのような〈痛さ〉であっても、より微少な〈痛さ〉
が、あるいはより大きな〈痛さ〉があり得る。《瞬間における触発》は、ある〈質〉として
無際限に連続する強さを持つことになる。〈触発〉は、量と質という無数の断片へと引き裂
かれるのだ。この触発は、瞬間における出来事である。だが、その〈強さの認識〉は、そ
の都度の瞬間を超えた連続的なプロセスを前提する。ここに深い裂け目がある。というの
も、カントによれば、内包量の認識は、「感覚の欠如」(A167/B209)[「否定性=ゼロ」
(A168/B209f,A175/B218,cf.A143/B182)]からその都度の《瞬間における触発》によって
与えられる(はずの)この内包量への、そしてこの同じ内包量からその「消失」(A143/B183)
への、あり得べき連続的な移行のプロセスにおいてのみ把握され得る。つまり、〈この痛み〉
の強さは、〈まさにこの痛み〉が与えられるはずの瞬間に位置しない限りでのみ認識され得
る。従って、
 『《瞬間における触発》という出来事はすべて、それが〈何か他のもの〉へと移りゆく限
りでのみ、〈まさにこのX〉の認識になり得る。』
だとすれば、何であれ内包量の認識は、いかなる瞬間における感覚の認識でもあり得な
い。こうして〈痛さ〉、すなわち〈まさにこの痛み〉がどんな場合であってもあり得ないの
であれば、〈痛みというもの〉も、そして〈まさにこの感じ〉というものもどこかへ消えて
しまう。よって、『私が、私として認めるものにおいて、今〈まさにこの痛み〉を感じる!』
という〈まさにこの痛み〉の認識が、その起源であるはずの《瞬間における触発》という
出来事と出会うことはない。〈知〉が、自らの《起源》と出会うことはないのだ。
だが、これだけのことなら、今や我々にとって、皮肉で退屈な常識と言ってもいいだろ
う。例えば、いわゆる不確定性原理の系として、上記の「触発」を「エネルギー伝達」と
解釈するなら、その伝達時刻=tと伝達量=Eとの「不確定性」の積Δt・ΔEはプランク
定数=h の大きさ程度以下にはなり得ない、等である。
――我々はすでにアンチノミーに片を付けているのか? では、時空の起源とは? 自
由あるいは自発性とは? 私は、「この私の痛み」を、他人に伝えることが出来るのか?

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